こんにちは。工事部の公平です。
今回も大崎市(旧古川市)の曹洞宗「長線寺」様を紹介します!
「長泉寺」様も長年にわたり区画造成工事、御住職、御親族墓の建設に携わり、東日本大震災の被害の際にも「興安寺」様、「東渓寺」様、「西林寺」様と同様に檀家様に説明会を設け修復工事にあたりました。
長線寺のあらまし
長線寺は、応永20(1414)年、古川市李埣の富光寺4世越堂祖超大和尚の開山で、現在地より南の地域に建立されていました。当時は、周辺は葦の原でしたが、長線寺を起点にして、「六道の道」と呼ばれるように道が六方向に延び、地域の拠点的な存在ともなっていました。一時は、西の安国寺、東の長線寺といわれるほどの隆盛を誇っていたといわれています。しかし、時の有力者の没落や、2度の火災による焼失で、現在地に移築されるとともに、住職が途切れるなどして、しばらくは衰退していました。時を経て、29世無蓋倫峰大和尚の代になり、本堂、庫裏、開山堂兼位牌堂、会館が整備され、地域と一体になったお寺として信仰を集め、今に至ります。
地域貢献の思いで会館を設立
会館は、「地域の人々に貢献したい」との思いで、設立当時から無料で開放され(現在は1日1万円)、周辺農家の葬儀や法要の場などに利用されてきました。また、お盆にはご先祖様を灯篭でお迎えする「百灯篭」や花火の打ち上げ、座禅会などが行われ、地域のふれあいの拠点となっています。
<まとめ>
「共存共栄」の心を持つことの大切さ、それを強く感じたのが「東日本大震災」の経験、困った時にお互い助け合う心の大切さを30世、北川少欲御住職は説いています。お寺は、その精神的な役割を担うべきところ、敷居は決して高くないので困りごとがあったら気軽に足を運んでください。墓地の見学も、いつでもご案内します!
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